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熊本地方裁判所 昭和54年(行ウ)6号 判決

原告

松本正則

被告

熊本県収用委員会

右代表者会長

山中靖夫

右指定代理人

塚本侃

野口政志

佐伯康範

被告

日本道路公団

右代表者総裁

鈴木道雄

右訴訟代理人

倉沢真也

右訴訟代理人弁護士

佐藤安哉

理由

一  被告熊本県収用委員会に対する請求について

1  請求原因一1及び同2の事実(本件工事にかかる土地収用裁決により原告所有の五八〇番一及び五八一番の各土地の一部がそれぞれ収用された事実)は、当事者間に争いがない。

2  請求原因一3(収用裁決の違法)について

原告は、被告委員会の収用裁決は、土地調書や補償金算定に瑕疵があるから違法であり、また、失効していると主張するので、この点につき検討する。

(一)  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

(1) 被告公団は、熊本県に委託して本件工事に必要な用地の買収を行い、原告との間でも昭和四八年六月以降交渉にあたってきた。五八〇番一及び五八一番の各土地は、松橋町が土地改良法に基づいて実施した圃場整備事業における換地処分によって昭和五二年三月原告が取得した換地(それに先立つ昭和四五年六月に一時利用地の指定がなされた)であるところ、原告は右換地の場所及び面積に不満を抱き、松橋町に対して換地の変更を求めるなどしており、買収交渉にあたっても収用手続とは関係のない松橋町の右一時利用地の指定や換地処分の瑕疵を問題とし、任意の買収を拒否したため、交渉は進まなかった。

(2) 被告公団は、原告との度重なる交渉の末、昭和五三年八月一八日付けの協議書を送付して買取りの最終協議を申し入れたが、原告からの応答はなかった。被告公団は、原告に対し、同年八月二五日付けで「土地収用法に基づく立会い及び土地、物件調書への署名押印について(要請)」と題する書面を送付し、土地収用法三六条に基づく土地調書及び物件調書作成のための測量について、現地立会いの協力を要請したが、同月二八日の実施日において、原告が現地に来た被告公団職員に身分証明書の提示を求めたり、測量立会いのために来た松橋町吏員に抗議するなどしたため右同日には測量は実施できなかった。そこで、被告公団は、書面で原告に対し、測量のための原告所有地への立入りの通知をし、同年九月六日及び同月一二日測量を行い、原告立会いの下に確認した五八〇番一と五八一番の各土地の境界及び両土地と第三者所有地の境界に杭を打ち、同月一二日土地調書が作成された。その際、原告から、任意交渉の際に示された買収予定地の範囲と測量図における収用地の範囲が異なるとの異議が出されたため、被告公団は、任意交渉の際には本件工事に必要な用地より幅五〇センチメートル広めに余裕をもって用地取得の交渉をしていたこと、右土地調書における収用地の面積は、本件工事に最低限必要な用地の範囲を測量して求められたものであること、したがって任意交渉のときとは対象地の範囲が異なることなどを説明した。しかし、原告は、これを聞き入れず署名押印を拒否したので、当日立ち会っていた松橋町吏員の古田直人が立会人として署名押印した。被告公団は、土地調書の作成を経て同年九月二二日被告委員会に収用裁決を申請した。

(3) 被告委員会は、昭和五三年一〇月三〇日土地収用法四五条の二に基づく収用裁決手続の開始決定をし、同年一一月二九日から審理を開始し、現地調査及び鑑定を経たうえ、昭和五四年七月二五日付けで五八〇番一と五八一番の各土地の一部(以下「本件収用土地」という)を収用する旨の裁決をした。原告は、右審理において、土地調書における五八〇番一と五八一番の各土地の境界の位置が実際とは異なること、損失補償の方法及び金額が不当であること等を主張したが、右裁決においては、現地調査の結果によっても本件収用土地についての被告公団の実測及び収用区域の確定に格別問題とすべき点はないこと、本件収用土地に対する損失補償については、原告は替地補償を要求しているものの、原告が替地として希望する当該土地の所有者はその提供を拒否しており、替地補償の客観的可能性はないから金銭補償を相当とすべきところ、補償金額は、現地調査、近傍類似の取引事例及び鑑定人の鑑定を総合的に勘案し、物価変動の修正率を乗じて算定した額を採用するのが相当であること、収用外の残地については新たに町道から進入路を設置する必要が生じるが、原告は起業者による工事の代行を認めないから、従前の進入路と同等の機能を維持するに足る工事に要する費用を補償すれば足りると解されるところ、現地調査、鑑定人の鑑定結果などを総合考慮すると、工事の仕様は起業者主張のもので相当であること、などの判断が示された。

原告は、右裁決に対し、昭和五四年八月二〇日建設大臣に対し審査請求し、昭和五四年一〇月二日本訴を提起したが、昭和五八年五月三一日右審査請求のうち損失補償についての不服を理由とする部分は却下され、その余の部分は棄却された。

(二)  土地調書の瑕疵について(請求原因一3(一))

土地所有者等は、土地調書の記載事項が真実でない旨の異議を有する場合には、その内容を当該調書に附記して署名押印することができ(土地収用法三六条三項)、異議を附記した者がその内容を述べる場合を除いて、土地所有者等は、土地調書の記載事項が真実に反していることを立証しない限り、土地調書の記載事項の真否について異議を述べることは許されない(同法三八条)。

前記認定のとおり、原告は、土地調書への署名押印を拒否したものであるところ、かかる署名拒否者は自ら異議附記の権利を放棄したものであるから、土地収用法の定める右調書の効力が当然に及ぶものと解するのが相当である。したがって、本件で原告が主張する土地調書の瑕疵、すなわち、土地調書の記載事項が真実に反していることについては、原告において立証しなければならない。

(1) 原告は、五八〇番一の土地と五七九番一の土地との境界は、区域図の(M)、(N)の各点を結ぶ線よりも南西側にあり、境界地点には国土調査用の境界杭が存在すると主張する。

確かに〔証拠略〕によれば、土地調書作成後に右両土地の境界付近に収用手続の測量に際して打設された杭以外の杭が発見されたことがうかがわれるものの、その杭の位置やいつ誰が設置したものかは明らかでなく、右杭の存在のみをもって原告の主張を根拠付けることはできない。

しかも、前記認定の事実によれば、本件土地調書は、原告の指示に基づいて境界杭を打設した上、右杭を基に測量されて作成されたものであること、原告は土地調書の作成の際には異議を附記しておらず、収用裁決の審理の段階になって初めて指示した境界が異なると主張するに至ったことが認められるのであって、これらの事実を考慮すれば、原告の右主張を採用することは困難というべきである。

(2) 次に、原告は、五八一番の土地の北東側に存する町道は、区域図に表示された位置よりも五八一番の土地の内側に寄るべきものであると主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。

(3) また、原告は、区域図では五八〇番一の土地の北西側に存する排水路(国有地)が、一部五八一番の土地に取り込まれており、その本来の境界線は区域図の表示よりも五八一番寄りになると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

(4) さらに、原告は、立入調査の際は用地幅杭までを収用地として測量したのに、実測平面図には各用地幅杭の内側五〇センチメートルまでを収用地として求積していることに異議を述べるが、前記認定のように、被告公団は、任意交渉の際には必要用地から五〇センチメートルの余裕をもって用地取得の交渉をしていたものであって、原告の右異議は、右の点に関する理解を欠いた誤解に基づくもので理由がない。

(5) また、原告は、昭和五三年九月六日及び同月一二日の土地調書作成のための立入調査の際、松橋町吏員は立会していなかったと主張するが、同町の吏員である古田直人が立ち会っていたことは前記認定のとおりであって、この点に関する原告の主張も理由がない。

(三)  補償金算定の瑕疵について(請求原因一3(二))

原告は、本件収用裁決における本件収用土地の評価額及び収用外の残地に対する進入路設置工事に関する補償額が低額であること、用水路の設置工事に関する費用が補償されるべきであることを理由として補償金算定に瑕疵があったと主張する。

しかし、収用委員会の裁決事項のうち、損失補償に関する不服は行政不服審査法による不服申立を許さず(土地収用法一三二条二項)、これを不服とする被収用者は起業者を被告として損失補償の訴えを提起すべきものとされているのであるから(同法一三三条)、補償金額の決定または補償原因である損失の範囲についての瑕疵は、裁決の取消事由にはならず、これらの瑕疵を問題とする原告の主張はそれ自体失当というほかない。

したがって、この点に関する原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

(四)  本件収用裁決の失効について(請求原因一3(三))

原告は、本件収用裁決後補償金の供託がなされないまま分筆登記手続がされていること、被告公団は本件収用土地と異なる土地について補償金の供託をしたことを理由として、本件収用裁決は失効した(土地収用法一〇〇条)と主張する。

しかし、〔証拠略〕によれば、被告公団は昭和五三年一〇月三〇日の収用手続開始決定に基づく登記請求権を代位原因として、昭和五四年八月九日五八〇番一及び五八一番の各土地について登記名義人表示更正のうえ分筆登記手続を経由したものであることが認められ、これによれば右分筆登記は適法であるし、また、補償金の供託の有無がこれに影響をもたらすと解することはできず、この点に関する原告の主張は失当である。

また、右認定事実並びに〔証拠略〕によれば、本件収用土地は、昭和五四年七月二五日の裁決の時点では、五八〇番一及び五八一番の土地の一部であったが、その後の同年八月九日の分筆登記により五八〇番三及び五八一番二の土地となったこと、被告公団は、同月二一日右各土地、すなわち、本件収用土地について補償金の供託をしたものであり、裁決書に記載された土地と同一性があることが認められるから、本件収用土地と異なる土地についての補償金の供託がなされたとの原告の主張も失当である。

3  そうすると、本件収用裁決に瑕疵があるとの原告の主張はいずれも理由がない。

二  被告日本道路公団に対する請求について

1  請求原因二1(一)の事実(被告公団は、五八〇番一及び五八一番の各土地の周辺の土地を工事するに際し土留工事をしなかったこと、排水路につき護岸工事を行わないで素掘りのまま放置したこと等)について検討する。

(一)  〔証拠略〕によれば、五八〇番一及び五八一番の各土地の周辺の任意買収地の工事は、土工工事が昭和五一年八月に着工(切土盛土の工事及び法面の工事は昭和五二年一月に着工)、昭和五三年一〇月に完工、舗装工事が昭和五四年三月に着工、昭和五五年五月に完工していること、被告公団は、盛土工事に際し、土砂の流出防止のため丸太で棚を設置してネットを張り土留の措置を講じていたほか、法面にウィピングラブグラスを植栽するなどして雨で土砂が流出することを防止する手段を講じていたこと、排水路について護岸工事がなされなかったのは、本件工事による計画排水の集水面積と従前の集水面積に変更がないため、従前から存する排水路の状況を特に変更する必要がないと判断されたためであること、五八〇番一及び五八一番の各土地に対する進入路が設置されなかったのは、被告公団がその設置を申し出たにもかかわらず、原告が右工事を拒否したため、本件収用裁決において金銭による工事の費用補償が相当とされたものであること、以上の事実が認められる。

(二)  右認定の事実によれば、原告の主張はいずれも理由がないことは明らかである。

なお、原告は、五八〇番一及び五八一番の各土地の土砂が約二平方メートル流出したこと及び原告が所有する一六三〇番の土地に多量の土砂が流入した旨主張するが、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告公団の工事に基づく損害の主張(請求原因二1(二))は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

2  請求原因二2(一)の事実(被告公団が杜撰な測量をしたこと、事業認定の告示の通知について原告だけ別異の取扱いをしたこと、本件工事終了後も五八〇番一及び五八一番の各土地やその付近に廃コンクリート塊、岩石、土砂を放置したこと、収用委員会の審議において古田直人に偽証させたこと、違法な登記及び供託を行ったこと等)について検討する。

(一)  被告公団が杜撰な測量を行ったことについては、これを認めるに足りる証拠はない。

(二)  設計説明会の通知を原告になさないまま地元地権者らとの協議を行い、事業認定の告示後、原告に対してのみ遅滞して通知するなどして原告を不当に除外したこと、原告に送付された昭和五三年八月一八日付け協議書の内容が事前に松橋町内に流布、宣伝されたことについては、これを認めるに足りる証拠はない。

かえって、〔証拠略〕によれば、本件工事の事業認定は昭和五三年七月二八日になされたものであるところ、被告公団は右事業認定の告示があった直後の同月二九日に土地収用の対象地となった各所に周知措置のため看板を立てて、土地所有者や関係人に事業認定の事実を知らしめるよう対応したことが認められるのであって、原告の主張は理由がない。

(三)  被告公団が工事中排水路側の境界杭を移動又は撤去したこと、工事終了後も後始末をしないで原告所有地やその付近に廃コンクリート塊、岩石、土砂を放置したこと、そのため、原告が五八〇番一及び五八一番の各土地の整地工事をした際、これらの物が流入して多大の被害をもたらしたことについては、これを認めるに足りる証拠はない。

(四)  被告公団が収用委員会の審議において、古田直人に土地調書作成のための調査測量に立ち会ったと偽証させたこと、違法な登記及び供託を行ったことについては、前記一2(一)(2)に認定のとおり古田直人は調査測量に立ち会っていたものであり、また、前記一2(四)に認定のとおり登記及び供託は適法であると認められるのであるから、これらの点に関する原告の主張も失当である。

3  右によると、被告公団の行為に基づく損害の主張(請求原因二2(二))は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

4  そうすると、被告公団に国家賠償法一条ないし民法七〇九条に基づく賠償責任が成立する余地はなく、被告公団に対し損害賠償を求める原告の請求は失当というほかない。

三  よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 湯地紘一郎 裁判官 小田幸生 小池明善)

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